49歳になって今さら熟年離婚を決めた理由

離婚理由

こんな理由で離婚できるの?と心配な人への参考になれば…

ということで、私が離婚と別居を決めた理由をお話しします。

 

離婚理由その1 家事分担をしない

厳密にはしてくれてたといえばしてくれてました。

私は第1子出産と同時に専業主婦になり16年間専業主婦をしていました。

 

専業主婦時代は私も昭和世代なんで良妻賢母をイメージしてました。

よき母、よき妻。

夫が外で稼いでくれているのだから、家の中のことは私の仕事、

完璧にしよう!

 

頑張りすぎてたんでしょうね。

自分の理想に自分で追い込んでいたのかもしれません。

 

それでも専業主婦時代はよかったんです。家事は自分のやるべきことだと思っていたから。

だから夫がゴミ捨てをしてくれたり、夕食後の食器を食洗機にいれてくれたり、

冬の寒い時に洗濯物を外に干してくれたり(私は寒いのが苦手なので助かってました)、休日にお昼ご飯をたまに作ってくれたりは感謝してました。

 

いい夫だと思ってました。

 

専業主婦で子供もいなかった時にはありがたかったですよ。感謝してました。

でもね、子供が一人増え、二人増え、三人になり。

それでも全く夫の家事分担の量は変わらないわけです。一切。

 

そして、離婚への気持ちに拍車がかかったのは私がパートに行くようになってからです。

 

当時、長女が高校2年生、二女が中学2年生、三女が小学5年生でした。

長女の進学は大学かどうかもまだ決まっていなかったと思いますが、県外にいくだろうと思っていたので、そうなると仕送り分が足りないと思いパートを始めました。

 

これについては、長女が進学したら仕送りのお金が足りなくなるから今のうちに貯めておきたいから仕事する。と夫には言っていました。

 

16年も専業主婦だったので、ブランクは長く自分がフルタイムでやれるかとか、家事・育児との両立とか不安はありましたがなんとか仕事も見つかりパートに行き始めました。

 

専業主婦時代には私が仕事するようになったら、「もっと家事を手伝うから」と夫は言っていましたが、全く変わる様子はありませんでした。

 

それどころか、もっとあれこれして欲しいというと、「モチベーションあげてくれんとできん」とか、ちょっと注意すれば「もうせん」とか、全く子供以下で戦力になりませんでした。

 

繁忙期で私が早朝5時に家を出るときの朝ごはんも、子供のお弁当も、洗濯も(毎朝2回してました)全部済ませて仕事に行って、帰ってから洗濯物を取り込んで夕飯を作る。

 

それで私が大変だから手伝ってくれといっても「俺の仕事手伝わんのだからしない」という始末。

 

家事と育児は2人が負担するものではないのか?私は仕事もしてるのに、家のことも今まで通りに全部ちゃんとやってる。土日も仕事が休みでも家事をしていて私は休んでないのに、夫は朝からビールをのみソファに横たわり、一日中テレビを見ながらスマホでゲームもしてる。

 

そんなに暇があるのになんで家事を分担してくれないのか?

ゴミ捨てをしてるといっても、それは部屋中のごみを私が集めて、私がひとまとめにして、玄関まで用意したごみ袋を数メートル先のごみ捨て場にもっていくだけ。

 

たまに夫がごみを集めたと思ったらごみ箱のごみ袋がセットされずにそのまま放置なのに、「俺ごみ出ししてえらい」感をだしてくる。

 

トイレットペーパーを変えたと思ったら芯を捨てずにトイレに放置。トイレのドアをあけてたった1メートル先のごみ置き場にも持って行ってくれない。

 

夕食後の食器を食洗機に入れてくれたと思ったら、ぎゅうぎゅうに詰め込んで洗えてない。

でも、洗い終わった後に確認しないから自分はちゃんと洗えてると思って「食洗機した俺えらいアピール」

 

もう、ほんっっとにうざかった。

家事育児なんて二人でして当たり前なのに、なんでいちいち「俺、えらい感」だしてくるんだろう?共働きになった以上、家で自由に使える時間に大差ない。なのに、自分だけ仕事してしんどいアピール。私だって疲れてる。でも、「しんどい」とか言ったことない。言わずに全部やってきた。なのに、なんで分担してくれない?なんで「お手伝い」なの?なんで、他人事なんだろう。

 

テレビでドラマの逃げ恥がやってたころ、みくりさんが女性が家事をするのが当然というのは「労働の搾取だ」のような事を言ってた時、「そうだそうだ」と心の中で私は思ってました。

 

「監察医あさがお」ではあさがおの夫が進んで家事をしていて(というか、分担が当たり前のような家庭だった)、洗剤か何かのCMだったかな?風間くんが洗濯物を取り込んでいて、それが今の夫婦のスタンダードなんだと私は思ったけど、一緒にテレビを見ていた夫には何も響かなかった、というか見ているようで見てなかったんだろうと思う。

 

もう、何を見ても私は男女の性差で家事育児を自分事ととらえられない夫に納得いかなったんです。SNSで「名もなき家事」という言葉を知った時も、「そうだそうだ」名もなき家事をやってるのは全部私なのに、その存在すら夫は気づいていない。理不尽だ。

 

A4に名もなき家事も全部書きだして夫に分担するよう突きつけたら、夫が「そんなにやることあったなんて知らなかった」と反省して分担してくれるようになりました!というのをネットで見て、私も試みたけど、全くスルーされて話し合いにもならなかった。

 

たくさんの家事について意見を言うどころか、書き出した紙を一瞬見て放置。するともしないとも何にも言わない。言えば自分が不利になるとでも思っていたんでしょう。

 

そして、極めつけは「俺より稼いで来たらやる」という始末。私が働きだしたらもっと家事手伝うからといっていたのはウソだったんだね。失望でした。

 

離婚理由その2 子育てしない

全くしないか?と言ったらしてました。

でもね、あなたがやってる子育ては気が向いたときだけですよね?

それは違うんじゃない?って言いたかった。

 

長女が生まれたときは嬉しかったんでしょうね。里帰り出産した私のところに、車で6時間くらいかかるのに、出産後すぐに来てくれたし、ちょくちょく来てくれてました。

 

ところが3人目のときは「仕事が忙しいならいいよ」と気を使って言った私の言葉に甘んじて生まれてきた我が子の顔を始めてみたのはもう退院前でした。立ち合い出産してほしかったのに、聞き入れてもらえず仕事が忙しいとかで話はスルーされました。

 

長女の時はオムツを変えたり、夜中のミルクをあげてくれたけど、二人目からは母乳だったこともあり、おむつ替えすらしてくれたっけ?というレベル。

 

お風呂に入れてくれても子供を洗ったらお風呂から私を呼べばいい。

そりゃあ私がいるときだから私がお風呂からあがった子供を拭いたり、服を着せたりしますよ。でもね、ほとんど毎日私が一人でお風呂にいれて、自分はゆっくりと湯船につかることもできず、冬の寒い時も自分は裸のまま赤ちゃんの体を拭いて服を着せて、泣かないようにおもちゃを置いて、寒くないようにヒーターを近くにおいて、それでも泣くからもうささっと自分は洗ってゆっくりなんてできない。

 

そうやって赤ちゃんのお世話してきたこと、あなた知らないですよね?

そして、私がお風呂に入れててもあがった赤ちゃんの体を拭いたり服を着せたりなんてあなたしてくれなかったですよね?

 

離乳食を食べさせてると自分のご飯なんて冷え切ったものしか食べられない。

あなたの目の前で離乳食をあげてて、あなたが先に食べ終わっても変わってあげるなんて言ってくれたことないし、思いつきもしなかったんでしょうね。

もう何年も私は暖かいごはんなんて食べたことないっていうのに、あなたは「あったかいうちに食べたいやん」って自分だけ先にご飯たべてましたよね。

 

2人になればお風呂もトイレもご飯もお世話は増える。3人になればまた赤ちゃんのお世話はある。そうやってもう何年も私は熟睡なんてしたことないのに、夫は土日になれば朝はのんびり、おなかがすけば私を起こし、ご飯を食べればテレビとゲーム。

 

子供が増えようが自分のペースは変わらずちゃんと休める土日がやってくる。

私が子供を外で遊ばせてても自分は部屋の中で夏は涼しく冬は暖かく。

公園に連れて行ってといえば私も一緒じゃないと行かない。

自分一人で3人の子供を見ていたことなんてない。

 

おかしいでしょ?

私は一人で子供の遊び相手から食事の支度、部屋の掃除も全部やってるのに。

 

子供と遊ぶときはいつも私も一緒じゃないと外に行ってくれない。たまに自分が連れて行くとしても、手がかからなくなった上二人だけとか。そして、帰ってきたら「ゆっくりできた?」ドヤ顔。子供がいなかったらやれる家事があるんだからのんびり昼寝とかできるわけないじゃん?アホなの?

 

私が子供の相手するのは当たり前でなぜ夫は自分の子供の遊び相手したらドヤ顔なんだ?

子供が喘息の発作がでて横になって寝られず、私が一晩中抱っこしてる時も心配で「病院に行った方がいいかな」と深夜に聞いても、振り返りもせず背中をみせたままゲームをしながら「あー大丈夫。俺もそんな感じやったから」の一言。

 

私もしんどいのに、抱っこを変わってくれるという発想もない。言わなきゃわかんないのに、言うとすねる。ほんとめんどくさい。

 

気が向いたときだけ、ちょっと子供のお世話してお父さんになった気だったんでしょうね。気が向いたときだけでいいのは、それ全部いつでも私がやってるからだ、ということに気付いてほしかった。

 

私が仕事をしだしてから会社の付き合いでクリスマスパーティーに行く時も、先に私が予定入れていたのに、あとから自分も飲み会をぶっこんできた。

 

子供だけで留守番することになるって全く心配もしなかったんでしょうね。確かに、長女は高校生になっていたけど、一番下はまだ小学生だったし、夜に親がいないなんて心細くないかな?とか心配しなんだ。全く子供のことは何にも考えてない様子で子供も「お父さんはなんも考えてない」といった認識でした。

 

飲み会は仕事だからいつだって正義で、飲み屋街まで車で私が送っていくのは当然。

 

長女がまだ8カ月だった時も連れて行ってといわれ、赤ちゃんをのせて夫だけでなく、会社の人も家まで迎えに行って送り届け、(夫の会社の人も会社の人ですよね?赤ちゃん連れの奥さんに飲み会へ送ってもらうことに遠慮がないのもどうかしてると思う)帰りに赤ちゃんは号泣。ミルクをたっぷりのませて出発してもおむつが濡れればなくし、抱っこもしてやれないから、家に着くまでの15分ほど号泣の赤ちゃんをのせて車を運転するのがどれほどストレスだっか知らなかったよね?

 

赤ちゃんが泣くから夜に送るのは嫌だといっても聞き入れてもらえず何度も送っていったよね。そして、子供が大きくなってからも変わらずで電停まで徒歩3分のとこに住むようになっても電車代がもったいないといって私に遅らせる。たとえ私がダイニングで寝落ちしてても悪びれもせず、「じゃ、送ってってー」

 

飲み会、どんだけ正義?

 

いつだって飲み会に行けるのは、子供の面倒私が家で見てるからでしょ。次の日も私がちゃんと朝、起こしてあげるからでしょ。それを全くわかってなかったよね。

 

そして、金曜日に朝まで飲み会したら土日はずーっと寝てて子供と遊ぶこともない。

子供に補助輪なしで自転車乗れるように教えたのも、キャッチボールを教えたのも、ブランコ乗れるように教えたのも、二重跳びができるまでつきあったのも全部私。

 

夫よ、君は子供が何かできるようになるまで最後までつきあったこと何かありましたか?

気が向いたときだけ子供の相手をするのはお父さんとして子育てしたとは言えないよ。

 

離婚理由その3 経済的DV

私が仕事を始めてもっと家事をしてよというと、モチベーション上げてくれんとできんとか、それは分からんからできんとか(子供の服をそれぞれに仕分けして部屋に戻す)。

 

いやいや大人なんだから言われなくてもやってよ。

言われないと分からないという割に、言うとすねる。

言い方が悪いという。

 

子供と過ごした年月は一緒なのに、なんで子育ても家事も自分は分からないでOKなわけ?

私だって初めての子育てをネットが今のようになかったころから本をいろいろ読んだり調べて、調べて、調べてそれでも不安の中やってきたんだよ。

 

子供が大きくなれば赤ちゃんのお世話はなくなるけど、成長にするにつれて違うお世話が必要になって、家事と育児にかかる時間は減ってないんだよ。

 

それなのに、仕事もフルタイムでして、全部専業主婦時代同様こなして「大変だから分担してよ」というと「まだまだやれるやろ」という夫。

私、どんだけ不死身なん?

 

熱をだして寝込んでいても「晩御飯どうする?」って聞いてくる夫。

はあーっっ?大人なんだから、お金だって持ってるし、なんとかしろよー。と心の中で叫んだよねー。それでもそんないい方せずにやんわり子供の分をなんとかしてっていったよね。

 

キレそうになるのを精いっぱいやんわり言ったのに、「文句いう」っていわれて、その挙句が生活費を渡さない!っていう攻撃が始まりました。

 

家事も育児もしてくれなくてもATMだと思ってるっていうネットの口コミを見て、もう家事と育児の期待を辞めてお金だけと思って過ごそうかと思ってたのに、最後のつながりだったお金も渡さないって仕打ちをしてきたときには「恐怖」でした。

 

一回その仕打ちを受けると、もう来月くれるかどうかが不安になってきました。

 

家事と育児を分担してっていうのを夫の機嫌をみながらよさそうな時にやんわり言って、してくれた時には褒めてってしても、次につながらないならあきらめるよねー。

向上心がないんだもの。

子育てのパートナーにはなってくれなかったよねー。

 

どんだけ気を使って機嫌を損ねないように様子をうかがって、子供の辞書がほしい、通学用の靴が欲しいって切り出すのに何日かかったことか。

 

それなのに結局通常の生活費しかくれなかったのが、生活費すらくれなくなったら、もう一緒にいる意味ないです。

 

生活費を渡さなかったら私が「家事分担して」って言わなくなるとでも思ってたんでしょうね。その根性が嫌だった。

 

なんで私が遠慮して、気を使って、お金もらわなないといけないんだ。

パートナーならしんどいことをシェアするべきだろう。

家事育児、お金に対する考えが全く平行線で交わらないし、話し合いにもならない。

なんせ、逃げるからね。お金の話をすると飲みにでる。

 

どうにもならなかった。話そうにも話せないんだから。

お金をくれないのは経済的DVになるんですよって2回警告したのにね。

やまなかったよ。

 

まぁ、最初にすぐに生活費をくれなかった時に「君が俺のあら捜しするからそんならもうお金渡さんでいいと思った」とはっきり言いましたからね。

 

家事育児分担と一度行ったことは次からもちゃんとしてというとすねるから、言うのを我慢していつか離婚するときのために証拠写真を撮ってたのが気に入らなかったんでしょうね。

 

けどね、その不満をその時に言わずにお金を渡さないっていう仕打ちにでたときに、「終わった」って思いました。

 

夫婦喧嘩にすらならない、お金で支配されているって感じました。

この経済的DVは離婚を決意する決定打になりました。

 

まとめ

49歳にもなって今さら熟年離婚を決めたのは、

1.家事分担しない

2.子育てしない

3.経済的DV

の3つですが、1と2は子供が生まれて19年つもりに積もったものがあった上に3の決定打を打たれたからです。

 

家事分担しない・子育てしない・お金くれない

これで夫婦でいる意味あります?

家事分担しない、子育てしない19年の間に愛情なんてなくなっていっていて、それでもお金で家族を支えてくれていたから踏みとどまっていた細いつながりを夫からぶち切ってきたってことです。

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